『日本的霊性』《後編》
鈴木大拙(著)
皆さん、こんにちは。アトリエシムラの志村昌司です。今回は、前回、前々回に引き続き、鈴木大拙の『日本的霊性』の後編をお届けします。
『日本的霊性』は1944年(昭和19年)、太平洋戦争の末期、日本の敗戦が濃厚になっている時代状況の中で出版されました。
今回は、『日本的霊性』の内容から一歩踏み出し、この書が当時の日本の状況とどのように関わっていたのかを考えてみたいと思います。特に注目したいのは、鈴木大拙の盟友であり、同時代を生きた哲学者・西田幾多郎との関係です。『日本的霊性』の思想は、西田幾多郎の思想と深く共鳴する側面と、決定的に異なる側面の二つを持っています。まずは、比較の対象となる西田哲学の概要から見ていきましょう。
鈴木大拙(著)『日本的霊性』
版元:岩波書店(1972年)
【目次】
緒 言 − 日本的霊性につきて
第一篇 鎌倉時代と日本的霊性 − 情性的生活
第二篇 日本的霊性の顕現 − 日本的霊性の胎動と仏教
第三篇 法然上人と念仏称名 − 平家の没落
第四篇 妙好人 − 赤尾の道宗
解 説……篠田英雄
西田哲学の出発点:「純粋経験」
西田幾多郎は京都学派の創始者であり、禅の実践から独自の哲学を切り開いた人物です。彼は西洋哲学と東洋思想の融合を試みましたが、その過程で西洋哲学の基本的な思考様式に限界があると考えました。
西洋哲学は、認識する「主観」が認識される「客観」をとらえるという「主客二元論」を前提としています。西田は、この枠組みの根底にあるものとして「純粋経験」を提唱しました。
純粋経験とは、主観と客観が分かたれる以前の、直接的で純粋な経験状態を指します。例えば、織りをしていて、織ることに没頭するうちに、だんだんと自分と機(はた)が一体化していくような経験、すなわち「無心の境地」がそれに当たります。西田哲学は、この主客未分の状態こそが真の実在であるというところからスタートしました。
西田哲学の根幹:「場所の論理」
西田は、この純粋経験を哲学的に深めていく過程で、西洋哲学の伝統的な「主語・述語論理」を批判的に検討します。例えば「このリンゴは赤い」という文がある時、「リンゴ」という主語(S)を、「赤い」という述語(P)が規定しています。「SはPである」という論理は、主語(実体)の存在を自明の前提として始まっているのです。
しかし、純粋経験の立場からすると、このような固定的な主語を前提とすることはできません。主体と客体が渾然一体となっているからです。
そこで西田は、リンゴという存在(主語)を前提にして「それが何であるか」(述語)を問うのではなく、「このリンゴそのものが、〈何において〉成立しているのか」という根源的な「場」を問う論理学を構築しました。これが「場所の論理」です。彼は、主客二元論を乗り越えるために、主観も客観もその中に包み込まれるような場、すなわち「無の場所」を追求したのです。
絶対矛盾的自己同一
中期から後期にかけて、西田哲学はさらに深化し、「絶対矛盾的自己同一」という核心的な考え方が出てきます。これは、「Aと非A」という矛盾する二つのものが、対立したまま一つに結びついている状態を指します。
これは、ヘーゲルの弁証法のように矛盾が止揚される方向に向かうわけではありません。矛盾があるその世界こそが、本来の世界の根源的なあり方であり、その矛盾を矛盾のまま包摂していくような場が「絶対無の場所」であると考えたのです。
これは「矛盾をそのまま抱える論理」と言えます。それぞれのものが、ありのままの姿で成り立っており、そこに優劣や評価、分別はありません。この考え方は、柳宗悦の無対辞の思想と非常に近く、親近性がある点も興味深いところです。
戦時下の国家論と西田哲学の展開
さて、ここからが本題に関わってきます。西田は戦時中、この独自の哲学を現実の歴史世界に適用しようと試みました。最晩年の論文「世界新秩序の原理」(1943年)において、独自の「国体論」を展開します。
その中で、西田は「個」と「全体」は矛盾的自己同一の関係にあると位置づけます。対立する二者が根源において一つであるというのが矛盾的自己同一ですが、現実世界において、その対立を包摂する究極的な媒介者として見出されたのが「皇室」でした。
西田はこう述べています。
「我国体は単にいわゆる全体主義ではない。皇室は過去未来を包む絶対現在として、皇室が我々の世界の始であり終である。皇室を中心として一つの歴史的世界を形成しきった所に、万世一系の我が国体の精華があるのである。我国の皇室は単に一つの民族的国家の中心と云ふだけではない。我国の皇道には、八紘為宇(全世界を一つの家にすること)の世界形成の原理が含まれて居るのである。」
この論理において、天皇は「無の場所」の歴史的な具現者であると語られます。あらゆる世界の矛盾的な現象を包摂する天皇を中心とした世界平和、それが「八紘一宇」の思想につながっていきました。このスローガン自体は、日蓮主義者である田中智学(たなか・ちがく)らによって国体思想と結びつけられ、戦前のイデオロギーとして広まっていきます。
西田は、日本は八紘一宇の理念のもとに世界新秩序を形成する歴史的な使命を負っていると唱えました。これは結果として、大東亜共栄圏構想の哲学的な正当性を与えるイデオロギー的な機能を、西田哲学が担うようになったことを意味します。
鈴木大拙のアプローチ:内面への回帰
こうした西田の国家論的な展開に対して、鈴木大拙は全く別のアプローチをとりました。これが『日本的霊性』の思想的な背景となります。(『日本的霊性』は、西田の論文の翌年、1944年に出版されました。)
西田哲学が、日本という国家が世界において果たす役割を説く「国家論」へと向かったのに対し、鈴木大拙は、この危機の時代をより内面的かつ実存的な問題として乗り越えようとしました。それが「霊性」の覚醒です。
大拙が説く「霊性」は、「日本的」と冠されてはいますが、特定の国家や民族に閉じるものではなく、むしろ人間存在の根源的な次元に開かれたものです。
西田は「場所の論理」を国家という「外」なるシステムに適用しましたが、鈴木大拙は一人ひとりの「内」なる霊性の覚醒の問題として捉え直しました。この一人ひとりの内的な覚醒こそが、真の世界平和につながっていくと考えたのです。
西田と鈴木大拙は、第四高等学校時代からの親友であり、生涯の友でした。しかし、思想的な到達点において、国家論に向かうのか、個人の内的な覚醒に向かうのかという点で、決定的な分岐点が生じたと言えます。
戦後のビジョンと華厳思想
思想的な分岐は、戦後にさらに明確になります。1945年の敗戦によって、西田を中心とした京都学派的な世界新秩序の理念は破綻しました。西田自身も1945年に没します。
敗戦を経て、日本国がどのようなビジョンのもとに再建されるべきか。鈴木大拙はこの問いに向き合います。翌1946年4月、大拙は新憲法下で「象徴」となった天皇・皇后に対して、仏教思想を進講する機会を得ました。かつて西田哲学によって深い意味を与えられていた天皇が、日本国民の象徴へと役割を180度変えた、まさにそのタイミングでした。
この御進講の内容は『仏教の大意』という本にまとめられています。大拙は、これからの日本国がどのような哲学的思想に基づいて立て直されるべきかを説きました。その際、最も重視したのが「華厳思想」です。
『日本的霊性』において大拙は、浄土教の絶対他力や禅の即非(そくひ)の論理を展開しましたが、それらをさらに包括し、社会や国家のあり方までを具体化する思想を華厳思想に見出したのです。
事事無礙法界と縁起の思想
大拙が特に注目したのは、華厳思想の核心である「事事無礙法界(じじむげほっかい)」という考え方です。
事事無礙法界の思想の前提にあるのは、仏教的な「縁起」の思想です。縁起とは、全てのものは互いに依存し、その関係性の中で物事が生起しては消えていくという考え方です。独立して存在する固定的な実体はない、というのがその中心です。
華厳思想は、この縁起思想を極限まで押し進めたものです。個々の存在(個物)は他との関係によって成り立っているだけでなく、さらに積極的に、他の全ての存在をその個物は含んでおり(相入)、また逆にその個物は他の全ての存在の中にも含まれている(相即)と考えます。自分の中に他の全ての存在が含まれ、自分自身も他の存在の中に全て含まれている。こうした重層的な関係性の中で世界を捉えるのが華厳思想の重要な点です。
大拙は次のように解説しています。
「法界(ほっかい)はいわば個己(こき)のすべてであり、個己は法界の一々であるが、法界は一々のことの他にあるのではない。また、一々のことが法界というものに包まれて、その内容を形成しているというものでもない。一々のことが成り立つところに法界があり、法界があるところに一々のことがすでにあるのである。」「霊性的日本の建設」
事事無礙法界の「事」とは、個物、すなわち私たち一人ひとりといった具体的な存在者です。「法界」とは、宇宙全体の総体です。「無礙(むげ)」とは、それらが互いに妨げられることなく、完全に自由な関係にある状態を指します。
つまり事事無礙法界とは、個物と個物、存在者と存在者が相互に関係しあい、ネットワークのような形で世界が存在している、そのあり方を捉えたものです。
インドラ網の世界観と新しい国家像
このような世界観は、しばしば「インドラ網(もう)」(帝釈天の網)に例えられます(宮沢賢治の物語にも出てきますね)。帝釈天(インドラ)の宮殿には、無数の宝珠(ほうじゅ:宝の玉)が結びつけられた網があります。その網目の一つひとつの宝珠が、他の全ての宝珠の姿を映し出し、さらに自分自身も他の宝珠の中に映し込まれている。事事無礙法界の世界観を視覚的に表現したのがインドラ網です。
大拙は、この華厳的な世界観に基づいた新しい国家のあり方を構想しました。
西田は、絶対矛盾的自己同一の論理から、天皇を中心としたヒエラルキー的な国家観を導きました。それに対し大拙は、国家はヒエラルキーではなく「アソシエーション(連合体)」であると説きます。
華厳的な世界観は特定の中心を持ちません。そこから導かれる国家観は、絶対的なものを頂点とする構造ではなく、中心を持たない関係性からなるアソシエーションです。それは連合体としての国家観であり、国家連合としての世界平和のビジョンへとつながります。
ヒエラルキー的な国家観や世界秩序が破綻した後、大拙は、華厳的なインドラ網のようなアソシエーション的な国家・世界を構想することで、新しい日本のビジョンを提言したのです。
霊性の倫理:大智と大悲
次に、こうした認識が私たちの生き方にどう関わるのか、霊性の倫理について考えてみましょう。鈴木大拙は、霊性の覚醒は単なる認識論に留まらず、実践にも影響を与えていくものだと説きます。
霊性とは、分別以前の状態です。主観と客観、自と他といった物事を分別心(ふんべつしん)によって分析し分けていくのが通常の認識ですが、霊性とはそうした認識以前の知のあり方です。大拙はそれを「無分別智(むふんべつち)」と呼びます。
分別心が働く以前の、自他未分の状態である無分別智のことを「大智(だいち)」とも言います。この大智の立場に私たちがもし立てたならば、自と他を隔てる壁は崩壊していきます。
大智の立場に立った人は、他者の苦しみも自分自身の直接的な苦しみとして感じられます。これが「大悲(だいひ)」、すなわち慈悲です。大智の立場に立つ者は自他の区別がなくなっているため、他者の苦しみを自分の直接的な苦しみとして感じることができる。大智と大悲は表裏一体なのです。
これは、近代的な倫理観とは異なります。他者に対して同情するというのは、自他が区別された上で、他者に働きかける行為です。しかし大拙は、本来は自他が未分であり、他者の苦しみがそのまま自分の苦しみでもあるという、根源的な倫理観を説きました。
大拙はこう言っています。
「まず自と他とを分けて、自分はこうだ、そこで他人はどうだといって、それを自分に引き当てて同情を引き出すのだというよりも、自と他とは初めから区別されないので、われらには各自に何か本具(ほんう:本来備わっているもの)底なものがあって、それが自他を超越して動くのだと考えたい。いわゆる『他』人の苦しみを、自分の苦しみにひきかへて見ることが出来るのである。」
本具的とは、本来備わっている根源的なもの、という意味です。霊性は我々一人ひとりに備わっており、その霊性に覚醒さえすれば、我々は大智も大悲も得られる。そこから社会の共同体は形成されるべきだ、という考えです。
この自他未分の境地の現代における最大の実践者は、石牟礼道子さんでしょう。水俣病の患者の方々の苦しみを自分の苦しみとして引き受けた石牟礼さんの「悶(もだ)え神」の精神は、まさに大悲の実践であり、鈴木大拙が言う「大智あるところに大悲があり、大悲のあるところに大智がまたある」ということを、生き方として示されました。
志村ふくみの染織と霊性
ここで、具体的な創作活動と霊性の関わりについて、志村ふくみの染織を例に考えてみます。
大拙は、日本の工芸が持っている「即物性」、すなわち観念や理屈ではなく、目の前にある「もの」に即して考える姿勢に注目しました。「もの」の存在そのものをありのままに受け止める考え方です。
この工芸の思想を、柳宗悦は「民藝」として思想化しました。そして、その柳の影響を受けて染織活動を続けた志村ふくみは、その活動の中で「霊性」を深く感じていきました。
志村ふくみの『色を奏でる』から引用します。
「私がこの染織の道に入っていらいの長い歳月、自然界から受けた草木の色彩は、この貧しい器に受けとめることができないほど、無量に降り注ぐものであった。私は、子供が絵の具をあたえられたような悦ばしさをもって、草木で染められた糸を織りつづけた。
木霊への祈りなど念頭にもなかったが、しだいに、この無量の色彩がどこからやってくるのか、この色は単なる色だけではなく、この色の背後には何か別の世界がひろがっているのではないかと思うようになった。
あるとき、私はふしぎな体験を味わった。小さな穴からころがり落ちるように、私は草木の背後の世界にころがりおちていった。
そこはほんの少し扉があいていて、秋のはじめの陽の光と、すこしの風にきらめく深い森が垣間みられた。紅葉しかかった木の葉の一枚一枚まで 丹誠こめて染めあげられ、この世ならぬ光が森中にみちていた。姿をみることはできなかったが、草木の精がそこら中にいることが感じられ、私はいつの間にか、自分の命と草木の命がひとつに合わさったような法悦を感じた。」志村ふくみ『色を奏でる』
私の工房でも、桜、梅、紫根、刈安など、様々な植物から生命の色をいただいて糸を染めます。
志村ふくみが問うたのは、この植物の無量の色彩がどこからやってくるのか、ということです。それは単に現象としての色が美しいということだけではありません。その色彩の背後にある植物の精神性や生命の世界と、目の前にある色彩が結びついて初めて、私たちは植物の本来の美しさを感じることができるのです。
これを霊性に引きつけて考えると、私たちは植物の色から、自分自身の命と植物の命が一つに合わさったような、自他未分の境地を感じられるのだと言っています。
自己という貧しい枠を超え、草木や自然の生命と自分の命が一体になっていく。西田の言う「純粋経験」を感じる時が「法悦」なのです。自分の生命と他者の生命が一つに合わさった経験こそが、人間にとって最も幸せな経験であると、志村ふくみは述べています。
これはまさに、個己である自分と、全世界、自然、草木の世界が「事事無礙」に、自由に関係していく状態です。創作という実践を通して、事事無礙法界の世界を垣間見たとも言えます。志村ふくみの体験は、霊性が単なる観念ではなく、具体的な活動を通して実感されるものであることを示しています。
現代に活かされる鈴木大拙の思想
最後に、鈴木大拙の思想が現代にどう活かされるのかを考えます。今から約80年前に『日本的霊性』が出版され、戦中から戦後にかけて、日本が歩むべき指針として「霊性」という考え方が出されました。
そのエッセンスは、「中心なき国家、中心なきネットワーク」という新しいビジョンの提案にあります。
国家主義やグローバリズムが渦巻き、分断と対立が深刻化する現代において、お互いが事事無礙法界のように関係しあって物事が生まれてくるというネットワークのあり方を、大拙は提案しています。
閉じたナショナリズムから脱却し、お互いの存在がお互いを映し合う。自分の中に全ての存在が含まれ、自分がまた相手の存在の中に全て含まれている。こうした互いに映し合い、支え合っていくインドラ網的な世界を、普遍的な哲学として唱えたのです。
それは、むしろ現代だからこそ、この華厳的な事事無礙法界的な世界観が、ますます重要になってきていると言えるのではないでしょうか。
◇
3回にわたって、鈴木大拙の『日本的霊性』をお届けしました。今回もご覧いただきましてありがとうございました。
志村昌司(アトリエシムラ代表)による読書案内です。
主に文化、芸術、思想に関連する書籍を取り上げます。
youtubeでも毎週月曜日更新予定です。
ぜひチャンネル登録をしてお楽しみいただければ幸いです。