『青い花』(前編)
ノヴァーリス(著)
皆さんこんにちは、アトリエシムラの志村昌司です。今週の読書は、ドイツ・ロマン派を象徴する作家、ノヴァーリスの『青い花』を取り上げます。
日本では『青い花』というタイトルで親しまれていますが、これは作中に登場する象徴的な花に由来します。「青い花」という言葉自体、見果てぬ夢や憧れのシンボルとして広く知られていますが、この作品が真に伝えようとしているメッセージや、その背景にある思想は非常に奥深いものがあります。
ノヴァーリス(著)『青い花』
版元:岩波書店 1989年出版
今回は作品の物語に入る前に、まず著者のノヴァーリスという人物像、そして彼が生きた時代の思想的背景について解説していきます。
啓蒙主義への反動としての「初期ドイツ・ロマン派」
ノヴァーリス(1772年 - 1801年)は、28歳という若さで夭折した初期ドイツ・ロマン派の詩人・思想家です。本名はフリードリヒ・フォン・ハルデンベルクといいますが、ペンネームである「ノヴァーリス」(ラテン語で「新しい開墾地」を意味する家名)として歴史に名を残しました。
彼が生きた18世紀末は、啓蒙主義が社会の主流となっていた時代です。啓蒙主義とは、伝統や迷信に縛られず、人間の「理性」の光によって世界を合理的に捉えようとする思想運動のことです。科学の発展に伴い、世界を数学的な法則や機械的な仕組みとして認識する、いわゆる「機械論的自然観」が支配的になっていきました。
科学的な認識は、物事を正確に分析する力を持つ一方で、自然が本来持っている生き生きとした生命感や、現象の背後にある神秘的なものを覆い隠してしまいます。これは、はるか後世に社会学者マックス・ウェーバーが「世界の脱魔術化」と呼んだ事態そのものでした。
こうした合理主義一辺倒の風潮に対し、「死せる自然(機械)」ではなく「生きた自然(有機体)」を取り戻すべきだと異を唱えたのが文豪ゲーテであり、その影響を強く受けたノヴァーリスらロマン派の人々でした。彼らは、理性による割り切りに対して、感情、個性、自然、そして「無限なるものへの憧れ」を文学や思想を通じて表現しようとしたのです。
現代においても、私たちは合理的な意識で社会生活を送る一方で、心のどこかにロマン主義的な感性を求めています。特に芸術制作などにおいては、この「理知」と「感性」のバランスが非常に重要になります。
ノヴァーリスの思想を形成した3つの要素
ノヴァーリスの短いながらも濃密な人生とその思想は、主に以下の3つの要素から決定的な影響を受けています。
1 フランス革命(古い社会秩序を破壊した政治的事件)
2 フィヒテの知識学(自我の力を説くドイツ観念論哲学)
3 ゲーテ(教養小説『ヴィルヘルム・マイスター』や自然観)
彼はこれらを通して、五感による通常の認識を超えた、詩的・創造的な認識能力によって世界を理解しようと試みました。これを彼は「魔術的観念論」あるいは「超越論的ポエジー」と呼びました。
厳格な家庭環境と内面性の涵養
1772年に貴族の家に生まれたノヴァーリスの父は、敬虔主義(ピエティズム)という厳格なプロテスタントの一派に深く帰依していました。これは教義の形式よりも、個人の内面的な信仰や心の清らかさを重視する立場です。この影響で、彼は幼い頃から「目に見える外的世界」よりも「内にある魂の動き」に価値を見出す精神性を育んでいきました。
学問との出会いとネットワーク
18歳でイェーナ大学に入学した彼は、詩人シラーの講義に感銘を受け、カント哲学の研究者ラインホルトに師事するなど、当時の最先端の知性に触れました。その後、ライプツィヒ大学で、生涯の盟友となるフリードリヒ・シュレーゲルと出会います。彼らを中心とした人的ネットワークが、やがて「初期ロマン派運動」へと発展していきます。
シュレーゲルは、自分たちの時代を特徴づける三大傾向として、先述の「フランス革命」「フィヒテの知識学」そしてゲーテの『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』を挙げました。革命によって伝統社会が崩壊し、フィヒテ哲学によって独立した「自我(個)」が確立され、その新しい「個」がいかに生きるべきかをゲーテの小説が示したと考えたのです。
運命の「ゾフィー体験」と死生観の変容
ノヴァーリスの人生を決定づけた最大の出来事は、12歳の少女ゾフィー・フォン・キューンとの出会いです。
大学卒業後、行政官としてのキャリアをスタートさせた彼は、赴任先でゾフィーと出会い、彼女の中に「永遠の無垢の化身」を見出し、深く愛するようになります(彼女は『青い花』のヒロイン、マティルデのモデルとも言われています)。しかし1797年、ゾフィーは結核のため、わずか15歳でこの世を去ってしまいます。
深い喪失感の中、彼女の墓を訪れたノヴァーリスは、そこで亡きゾフィーと再会するという神秘的な体験(幻視体験)をします。この体験は、彼の代表的な詩作『夜の讃歌』の第三歌に、ほぼそのままの形で昇華されています。
「墓丘は砂塵と化し—その砂塵を透かして、神々しく変容した恋人の面差しが見えた。その眼には永遠が宿っていた…(中略)…ようやくそのときから、わたしは夜の天空と、その天空の光である恋人への、永遠不変の信を感じている。」(『夜の讃歌』より)
この体験により、彼は物質的な世界を超えた「超感覚的な世界」の実在と、死を超えた愛の絆を確信しました。五感という通常の認識回路の限界を超え、別の認識の道、いわゆる「知的直観」が開かれていることを悟ったのです。
フィヒテ哲学と「魔術的観念論」
ゾフィー体験と並行して、ノヴァーリスは哲学者フィヒテの主著『全知識学の基礎』(1794年)に没頭し、「フィヒテ研究」と呼ばれる膨大なノートを残しています。
フィヒテの哲学は、絶対的な「自我」が「非我(外部世界)」を設定し、その作用によって世界が生成されるとする、極めて能動的な哲学です。ノヴァーリスはこの「精神が世界を創造する能力」に魅了されました。彼はこれを「産出的構想力」と呼び、この力を用いて意識的に現実を変容させ、超感覚的な世界を表現・創造していく立場を「魔術的観念論」と名付けました。
さらに、オランダの哲学者ヘムステルホイスの影響を受け、「愛」こそが人間に眠る「道徳的器官(超感覚的な認識器官)」を覚醒させる力であると考えました。この器官によって捉えられた真実を表現する形式こそが「ポエジー(詩)」なのです。彼にとって「詩」とは単なる文学ジャンルではなく、「五感を超えた真実を捉え、表現する認識活動そのもの」でした。
自然科学の探求と「有機的自然観」
ノヴァーリスのユニークな点は、詩人であると同時に、専門的な訓練を受けた科学者でもあったことです。
ゾフィーの死後、彼は世界初の工科大学であるフライベルク鉱山大学に入学し、地質学、数学、化学などの最先端科学を学びました。ここで師事した著名な地質学者A・G・ヴェルナーは、『青い花』の第五章に登場する「老親方」のモデルとなっています。
しかし、彼は当時の主流であったニュートン的な「機械論的自然観」には満足しませんでした。代わりに彼が支持したのは、ゲーテ的な「有機的自然観」です。これは自然を単なる分析対象(客体・モノ)として見るのではなく、人間と精神的に響き合う「生命的な統一体」として捉える見方です。彼は科学の知見と詩的な直観を融合させようとしたのです。
「世界はロマン化されねばならない」
1798年、ノヴァーリスは断章集『花粉』を雑誌『アテネウム』に発表し、文壇デビューを果たします。『アテネウム』はシュレーゲル兄弟が主宰した初期ロマン派の機関誌で、彼らの思想の発信源でした。
彼は体系的な論文ではなく、短い「断章(フラグメント)」形式を好みました。彼は断章を「自己対話の破片」であり、読者の精神に植え付けられ、そこで発芽・成長する「植物の種子」のようなものと考えたのです。ここには、読者と共に考える「共同哲学(シンフィロゾフィー)」の姿勢があります。
そして、彼の思想の核心にあるのが、有名な「ロマン化」という概念です。
「世界はロマン化されねばならない。そうすれば根源的な意味をもう一度見出すことができよう。ロマン化するとは、質を累乗することにほかならない。そうすることによって、低い自己はより良い自己と同化される。」
ここで言う「累乗化」とは数学用語の比喩です。数字を二乗、三乗していくように、ありふれた日常(有限)の中に神秘的な意味(無限)を見出し、価値を高めていく精神の働きを指します。つまり「ロマン化」とは、近代化によって意味を失った世界に対し、想像力によって再び「魔法」をかけ、有限と無限、日常と神秘を結びつける行為なのです。
また、彼は政治的な断章集『信仰と愛』において、即位したばかりのプロイセン王フリードリヒ・ヴィルヘルム三世に対し、あるべき国家を「詩的国家」とし、国王こそが芸術家であるべきだと論じました。フランス革命後の動乱期において、彼は政治もまたポエジーによって理想化されるべきだと考えたのです。
晩年と『青い花』への結実
1799年11月、イェーナにロマン派の同志たち(シュレーゲル兄弟、ティーク、シェリングら)が集まり、四日間にわたって宗教、自然、文学について語り合いました。ここでノヴァーリスは、自身の歴史観・宗教観を示した『キリスト教世界、またはヨーロッパ』を朗読します。彼は、戦争や所有欲に覆われた近代ヨーロッパに対し、ポエジーによる精神的な統一と再生を説きました。
彼は、「時代や歴史が抑圧してきた声なき声」や「言語化されずに暗い底をたゆたっているもの」を言葉にすることこそが詩人の使命だと考え、ついに長編小説『青い花』の執筆に取りかかります。しかし、執筆が進むにつれて彼の体調は悪化していきました。
1801年3月25日、ノヴァーリスは28歳の若さでこの世を去ります。枕元では、親友フリードリヒ・シュレーゲルがピアノで彼の好きな曲を弾いていたと伝えられています。
啓蒙主義が「目に見えるもの」しか認めなかったのに対し、ロマン主義は「目に見えるものの中に目に見えないものを感じる」ことを目指しました。ノヴァーリスはそのさらに先、「目に見えないものを見えるもの(詩的言葉)によって表現する」境地へと歩みを進めたのです。
おわりに
ノヴァーリスは、理性偏重の時代において、目に見える現実の中に「目に見えない意味」や「無限なるもの」を感じ取り、それを表現しようとしました。
未完の長編小説『青い花』は、まさにこの「世界をロマン化する」思想の実践であり、主人公ハインリヒの探求の旅を通じて描かれる、魂の遍歴の物語です。
次回は、こうした思想的背景を踏まえ、『青い花』の具体的な物語の世界へ深く入っていきたいと思います。
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