アトリエシムラ10周年 新作着物
「光のうつろい」三部作
アトリエシムラ10周年を記念して、一日のうちにうつろう光をテーマに新作着物を制作いたしました。闇がほどけ、世界が静かに目覚める「夜明け」。いく色もの光がとけあい、昼と夜のあわいに揺らぐ「夕暮れ」。深い闇のなかに、やわらかな光がひらく「月光」。三つの刻のにほひを草木染めの絹糸に写し、手織の紬に織り上げた着物をご紹介いたします。
夕べの一領
「夕影(ゆふかげ)」 —去る光と来る闇


上代語で「かげ」は光のこと。夕影とは夕日の光です。大伴家持は春の夕べに「この夕影に鶯鳴くも」(この夕日の光のなかで鶯が鳴いている)と詠みました。この着物の紫は、紫草(むらさき)の根から染めた紫根の色。紫根の紫が赤みを帯びることから、万葉の歌人は紫に「あかねさす」(茜色の光がさす)の枕詞を冠しました。夕空の紫も、日の光を含んで暮れていきます。万葉の一日は、この光に始まります。
紫根の経糸に、多彩な緯糸を織り込むことで、あたりが夕闇に包まれる前の夕空のグラデーションを表現しています。纏う時間や見る角度によって様々に表情を変えるこの着物は、私たちの心にある「懐かしい夕暮れ」の記憶を呼び覚まします。
染料 紫根、刈安、藍、黄蘗、茜など
夜の一領
「月影(つきかげ)」 —夕べと朝のあいだを渡る光



月影とは月の光のこと。上代語で「かげ」は光を指します。この着物の黒は、奄美大島の泥染め。車輪梅の渋で染めた糸を泥田に沈め、土に眠る鉄と結ばせて生まれる黒です。万葉の歌人たちは、檜扇の黒い実「ぬばたま」を、夜と月と黒の枕詞にしました。「ぬばたまの夜渡る月」(真っ暗な夜を渡っていく月)と柿本人麻呂は詠みました。光は闇があってはじめて見えます。黒が深いほど、月の光は冴えるのです。
今回、ご縁があって奄美大島で染め上げていただいた黒は、赤みを帯びた温度のある色彩。この黒だからこそ、単なる黒ではない、無数の色彩を内に秘めてすべてを静かに受け入れる「夜の暗闇」が現れました。黒の対比となる黄色は「黄蘗」や「刈安」から染めており、月の光を表現しています。そのすべてを包み込むような月明かりの中で、初めて「黒」という色の深い奥行きが浮かび上がります。
染料 泥染め、藍、ログウッド、黄蘗、刈安、紫根
朝の一領
「朝影(あさかげ)」 —夕べに始まった夜は、この光で結ばれる



朝影とは朝の光のこと。上代語の「かげ」は光であり、影でもありました。『万葉集』の「朝影に我が身はなりぬ」(朝日に伸びる細い影のように、私は痩せてしまった)は、恋の嘆きの歌です。闇に影はありません。朝日が差すとき、光とともに長い影が生まれます。この着物のやわらかなぼかし上げは、「東の野にかぎろひの立つ」(東の野に曙の光が立ちのぼる)と人麻呂が見た野です。夜に沈んでいた野が、草の先から少しずつ色を取り戻していきます。
光の温度を感じる「刈安」で染めた黄色を経糸に、緯糸は藍や茜のゆるやかなグラデーションを織りこんで、夜が明ける時を表現しています。染め分けた絣糸(かすりいと)や、短い糸を繋ぎ合わせた繋ぎ糸を散りばめることで、光を受けて世界がゆっくりと輪郭を取り戻していく情景を映し出しています。
染料 刈安、茜、藍、紫根
撮影:森山雅智